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犀川レポート西濃編 犀川(さいかわ)

犀川

 岐阜の西濃地方を流れる犀川です。ここは読みも「さいかわ」です。金沢の犀川よりも小さな川ですが、これでも一級河川です。
羽島大橋北九州に引き続き、犀川をさかのぼっていきました。この西濃地方を流れる犀川も海まで直接流れているわけではなく、安八(あんぱち)郡安八町内で長良川に合流しています。
これは合流のすぐ上流の羽島大橋の北付近です。手前が犀川、奥が長良川です。
水門らしき2kmほどさかのぼると堤防を横切る形で水門のようなものがありました。これより下流では長良川と同じ堤防内を流れています。しばらく上流までは長良川と並行して流れています。
斜張橋墨俣(すのまた)町内に入ったあたりに赤色の斜張橋がありました。左側の高い堤防の向こう側に並行して長良川が流れているのです。
桜並木長良川とは反対側の犀川の堤防は2km弱が桜並木になっています。訪れた時期が10月の上旬だったので桜は花も葉もなくさみしげでした。満開後だったら犀川の川面も桜花の色に染まることでしょう。
犀川堤の看板この桜堤は「犀川堤」と名付けられていて、ぎふ・水と緑の環境百選に選ばれています。
一夜城墨俣町と穂積(ほづみ)町の境には、秀吉が信長に仕えていた頃に造った一夜城の跡があります。一夜城と入っても実際は砦のようなものを数日かけて造ったもので、一晩で塀をぐるっとめぐらしたそうなのです。もちろん今ある城は相当デフォルメされています。
一夜城西の新犀川橋一夜城の西側に県道172号牛牧墨俣線の新犀川橋がかけられていて、欄干が装飾されています。
橋拡大写真橋のたもとの「犀川」の文字が見えますでしょうか。
新犀川橋の西景新犀川橋の西側の光景です。このあたりは川幅も広く、流れは穏やかでした。
犀川遊水池1一夜城から西に数百メートルさかのぼると、犀川遊水池の看板があります。実は高校1年生の時に地理の授業で遊水池に関するレポートを書くことになって、中部地方建設局にうかがったときに岐阜には犀川遊水池があると言うのを聴いていたのです。(レポートでは名古屋市内の庄内緑地公園について書きました。)このときに初めて犀川の存在を知ったのですが、どこにあるのかは今回さがして見つけました。
犀川遊水池2看板の拡大です。しっかりと「さいかわ」とルビがうってありました。
犀川遊水池3遊水池の写真です。ほとんど何もない原っぱです。
遊水池とは、洪水時に備えて河川の堤防を河川側を低くした2重構造にし、水かさが一定量を超えたときに水を一時的に蓄えることで堤防の決壊や氾濫を防ぐ役割を果たしています。全国的に有名なのは、栃木県下都賀郡藤岡町周辺の渡良瀬川の遊水池です。新しくできた横浜国際総合競技場も1階部分が遊水池の役割を果たしています。
JRの橋JRの橋まで来ました。東海道本線穂積〜大垣間です。後ろを走る車両がいちばん上と違うのはおわかりでしょうか?
下犀川橋1JRのすぐ北の下犀川橋です。河川敷には彼岸花が紅く咲き並んでいました。九州に引き続き彼岸花ですね。
下犀川橋2たもとの「犀川」のプレートです。年季が入っています。
河川敷は柿畑本巣郡巣南(すなみ)町に入ってきました。ずいぶん川幅も狭くなり、河川敷が柿畑になっていました。このあたりは富有柿の産地なのです。
巣南町か真正町今回犀川の看板がたくさんあったので、全部は写真に収められませんでした。これは巣南町か真正(しんせい)町の写真です。
親水公園真正町の役場の西・中央公民館前には犀川の親水公園があります。護岸も階段状になっていて堰があり、子どもでも水に浸かって遊ぶことができます。名鉄揖斐線真桑(まくわ)駅から南へ700mぐらいのところです。
真正町内の看板真正町内には地元の中学校がスローガンを作って看板を建てています。これは県道159号北方真正大野線にかかる橋だったと記憶していますが(うろおぼえ)、修飾関係が面白かったので撮ってきました。
最後の看板?上と同じ橋のたもとの看板です。かなり錆びてきています。これが最上流の看板だったと思います。岐阜県庁に問い合わせたところ、真正町内の下真桑米野/高畑が一級河川としては最上流ということだそうです。
糸貫町内糸貫(いとぬき)町に入ってさらに上流に向かうと、このように飛び越えられるような川幅になってきます。水田の用水としての役割が強くなっています。左岸にはまたしても彼岸花。
源流?だんだん川としての判別がつきにくくなってきて、犀川の表示もなくなってきました。国道303号線の手前まで来たときに合流点があり、どちらか判別がつかなくなったので追跡は断念しました。どうやら用水としての水は、根尾川の堰から得ているようです。